施設の入居者さんのほとんどは「認知症」です。しっかり歩けておられるのに言動がどこかおかしい方がおられます。他人の部屋へ入りトイレを拝借してすましておられる方。「こんにちわ!」と夜中にドアをたたく方。中の私はドッキリ。紙と名の付くものを手当たり次第に持って行かれる方。まるで「お部屋はゴミ屋敷です」とは介護員さんの言。食事時「ご飯御変り!」と言う方に「御変りはありませんよ」と言うとすまして「ではライスお願いします」。人は老いてくれば身体も弱ってくるし脳も委縮して思うようには動けなくなります。一昔前はそうした変化が決して異常ではなく当たり前と認識されていたような気がしています。「家のお婆さんボケちゃって」「最近ボケてきたようよ」そんな会話は当たり前でした。
「ぼけ」は様々なコンテクストでも使われます。「この色ボケてる」「この味ぼけてる」等。強いて言えば「クリア」の反対。「ボケ」「物忘れ」「痴呆症」という言葉が侮蔑的であるとされ厚労省により禁止(差別用語として)され2004年に「認知症」と改定されました。「認知症」はれっきとした病院管轄の病名になりました。御蔭で医療保険の対象になり介護レンタルも利用できるようになりました。でもかえってこのことで「認知症」は当たり前の日常生活の場から遠のいてしまったように思えます。それまでは井戸端会議での愛称であった「ボケ」は息を潜めてしまったようです。認知症の老人と暮らすのは特に共働きの御夫婦にとり難しくなり、ヤングケアラーなる言葉も生まれました。「ぼけ」は年取れば多かれ少なかれ誰でもなるもの。私はこの言葉を「可愛い」と愛嬌のあるほのぼのとした言葉だと感じています。あるお年寄りが「ここでならボケても構わないのね」とほっと溜息をついておられました。安心してボケられる場所が必要です。ボケてしまったお年寄りはどうしようもなく子供のようです。確か一茶にも「正月の子どもになってみたきかな」があります。父が晩年思い出して呟いた句です。
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