これからここの施設で見聞きした、ちょっと可笑しい話をお話します。
あるお爺さん、私のゴミ箱に洗った手をふいた紙を丸めてポイと捨てた。私は目の前でそんなことされて驚き、思わず「あそこのゴミ箱に入れてください」と言った。彼は目をむき「おれに文句あるのか?」と声を荒げた。なにも喧嘩を売ったわけでもないのに、怒り出したのだ。普段は周囲の人と、和やかに話をされているので、まさかこんなに怒りっぽいとは分からなかった。介護員さんが驚いて「あの人には構わないでください」と忠告してくれた。前もって知らされていなかったから、仕方ないのだが、とんでもないショックである・こんなことでショックを受けるなんて逆に驚いた。認知症の多く住む介護施設では、やはりよほど慣れないと辛くなる。
あるお爺さん、女の人を見るとすぐに話しかけ「僕と結婚しよう。金はあるし土地もある。無いのは女房だけ」と。大体のお婆さん達は、プイと顔をそむける。若い介護員さんは、真面に返事をするから、追いかけ回す。そのうち彼女は逃げ回る。そのうち卑猥な言葉を連発。悪い人ではないんだが、きっと退屈で仕方ないんだろう。こんなお爺さんは、放っておくしかない。大方のお爺さん達は、女性のお婆さん達の相手にはなれない。結構、お婆さん達は小うるさいから、話し相手にさえなってくれない。男性達にとって、施設暮らしは難しいのでは?一人で、自分の趣味に没頭出来れば、良いのだが・・・やることがないと、変に拗ねてしまい、きっと益々、周囲に嫌われる。人の顔見ると、「そこどけ!」「いけ好かない婆さんだな!」と怒鳴り散らす爺さんもいたっけ。大体は施設の囲碁盤を囲んで、仲間を作るしかない。これから、施設暮らしをと考えておられるお爺さん達は、やはり、有り余るほどの自由時間を、どのように過ごそうか?と考えておくのが良い。余計なお世話かしれないが、自分を含めて考えておこう。
あるお婆さん、夕食時になり、食堂に皆が集ま)っていると「私これから帰ります。」介護員さんが驚き「今日は、もう暗いし、外には出られないから、ここで食事してください」と言っても「家で食べますから」と言い張る。「お宅に帰れるんですか?」「道は分かっています。」こんなに遅く?とにかく、お帰りになりたい。帰っても、息子さんもお嫁さんも働いていて、家にはいないし、食事の用意もないから、短期宿泊(ショートステイ)で、ここにおられるのに、、、ご自分の状況を理解できていない。事務の方も、必死に説得にかかる。でもすぐに席を立ち、歩き回る。しかも、あちこちぶつかり、足元もおぼつかない。頑固なお婆さんが、家でどんなに疎まれているかの例。
あるお爺さん、施設で親しい友達の御主人。若い頃は、小説をお書きになっていらした。御実家が御寺で、10代の頃から、檀家の方々に説法をしていたから、話がお上手。概ね戦争の話。兵隊に取られ、フィリッピンにも行き、戦闘にも加わった。フィリッピンは、日本の田舎に似ており、懐かしいそう。住民達も、親日的であったとか。戦争の話ばかりで、少し辟易したが、辛抱強く聴いてくれる相手がいると、いつまで話が続くのかしら?って。推測だが、私の所謂「思い人」がどんな人かを、あれこれ想像しておられたようで、何となく鬱陶しくなってしまった。「背が高い人が家の前に立っていたよ」等と言って「貴女の彼氏かな?」等とカマをかける。じっくり話をしたわけではないので、良くは分からないまま、私は別の施設に移動してしまった。彼は今、誰とも口を利かずに、うつらうつらとして過ごされているのかしら?
あるお爺さん、ある日「僕恋しちゃった」と言う。「可愛いね」だそう。誰かと思えば私らしい。確かにその施設に暮らすお婆さん達(80~90代)の中で、私は随分と若い。可愛いなんて思いもしなかったので、ぎょっとする。近くに来ると、手を差し伸べる。私も調子に乗って、手を出す。二人して手を繋いでいる。ちょっとした挨拶だし・・・と気にもしなかった。しかし、それに気づいたあるお婆さん、彼に向って「奥さんお元気?お嬢さんは最近お見えにならないわね」と大声で聞こえよがしに仰る。彼は少し照れて「ええ、まあー」と取り繕う。あれま、噂が立たないようにしなければ・・・。いつも近くに来ると、手を繋ぐことになってしまった。殺風景な施設で、この位の遊び心は、悪くない。しかし、そのうちに2人切りになると「キスして良い?」なんて。「良い」とも言えず「止めて」と少し声を大きくすると、ある介護員さんが、すっ飛んできて、彼を追い払った。その上「送り状」に書いたらしく、夜勤のXさんが読んで「大変でしたね。でも未遂でしょ。男はいくつになっても、紳士でも何時までも色気があるんですね」ですって。若い頃は(ラガーマン)ラグビー選手であったし、兵役でモールス信号をやっておられたそう。今度「ダンスしよう。昔車椅子ダンスやってた」とか、遊び人だったのか?でも愛嬌のある好々爺であった。元気に歩いておられたのにいつの間にか車椅子になられてしまった。「貴女と同じになっちゃった」としょんぼり。車椅子の私は答えに窮した。
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