今はもうない我が家の庭には色々な花が植えられていました、春には薔薇、チューリップ、ビオラ、水仙、マーガレット、雪柳、山吹等。夏には向日葵、グラジオラス、松葉ボタン、日日草等。秋には菊、桔梗、女郎花、紫式部等。冬にはスノードロップ、早咲き水仙、沈丁花等。季節の花々を庭に植えることは近所の皆がしていたことでした。昭和初期の一般の家の庭の広さは少なくとも6~10畳位ありました。芝生で庭を一杯にする家もありました。ある方のお庭には一杯の罌粟の花が白、赤などの花が風にそよいでいました。戦後の焼け野原を分譲して建てた家は、それぞれが野原の一軒家のような佇まいでした。我が家の周りには地主さんの畑が広がっており竹林、キャベツ畑、菜の花畑だったり麦畑であったりとまことに田園的でした。子供達にとっては広い野原、空が広がっている風景は童画のような風景でした。谷内六郎画伯のの絵のような風景です。私の両親も戦後借家の裏庭にきうり、なす、薩摩芋、ジャガイモ、枝豆、里芋、大根、ニンジン、南瓜などを自作していました。戦後の食糧難を乗り切るためでした。ですから農家でなくても庭に野菜が育つのを身近に見ていたのです。園芸(畑仕事)は当たり前でした。いつの間にか植物を育て眺めそんなことが生活の一部になり欠かせなくなったようです。植物達の逞しさ、美しさにどれほど慰められたことでしょう。
今までにお世話になったある施設では「園芸クラブ」がありました。そこでは数人の園芸係が年間のプログラムを計画し、週毎の園芸作業の段取りを決めてくれました。4~5月には種を蒔き、苗をプランターに植え替える。芽が出れば虫を取り花が咲けば水を撒き、実が成れば摘心をし大きく育てる。秋には収穫し賞味する。ミニトマト、ジャガイモ、エンドウ豆、南瓜、薩摩芋等。毎週が楽しみでした。特に戦後自分の畑作業をなさっておられた方々は若い頃を思い出されていたのでしょう。楽しい作業でした。どの施設にも「庭仕事」が出来る空間があれば年をとっても楽しめると思います。自然に触れることも出来ますし四季の変化を味わう事も出来ます。土を掌に感じるだけでも命を感じ生きる勇気がわいてくるのではないでしょうか。不思議です。自然に帰りたいとは皆の希望ではないでしょうか?
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