大工さん
一言で大工さんと言っても、いくつか種類があり、お寺や神社を専門に建てる宮大工や、船を作る船大工など様々。ここでは皆さんが大工さんと聞いて思い浮かべる、家を建てる建築大工について御紹介。
大工さんといえば木材をノコギリで切ったり、カナヅチで釘を打ったりするしごとの代表格。 最近では、あらかじめ工場で切ってあるプレカット木材という木材が多くなっている。 また、道具も昔とくらべて機械化され、使いやすく便利。 ただ、昔ながらのやり方ができない大工さんのままではいけない。伝統的な技と知識は、現代の今でも身につけている必要がある。
大工さんの技 その1
「300年育った木を木材として使うなら、最低300年は建物として生かしてあげなければかわいそうだ」と昔の大工さんは言った。 そこで生まれたのが「仕口=しぐち」と「継ぎ手」。この技は日本の大工さんの特徴で、くぎを使わずに、木と木をパズルのようにつなぎ合わせる技術。 縦と横の木をつなぎ合わせるのが「仕口」。縦同士で1本の長い木材にするのが「継ぎ手」。使わなくなった短い木材を継ぎ足して、また何年も建物の材料として再利用するという大変なリサイクル。そして、大工さんにとっては「木材を長生きさせてあげよう」という優しい気持ち。
大工さんの技「仕口と継ぎ手」の形は、日本には何十種類もあるが外国ではあまりみられない。
継手や仕口には、材の端部につくり出した突起(枘)を相手材の穴に差し込んで接合する「枘(ほぞ)差し」、材を互いに欠き込んで組み合わせる「相欠き(あいかき)」、互いに材を斜めに欠き取る「殺ぎ(そぎ)」などのほか、略鎌や蟻、鎌、腰掛けなど十数種類の技法がある。さらに木材同士をしっかりと組み固める工夫として、栓や楔などを併用することもある。
建築様式に応じて特徴ある形の仕口と継手が生み出されるが、特に鎌倉時代初期に大陸から伝わった寺院建築様式である大仏様(だいぶつよう)と禅宗様(ぜんしゅうよう)の流行に伴い、継手と仕口の技術も大きく発達し、日本における継手と仕口の基本形は、このころに完成したともいわれている。近世以降はこれらを元に、世界に例をみないほどの多様な継手と仕口のバリエーションが大工たちによってつくり出されていった。
いにしえの昔から大工が継手と仕口を考えるポイントは、
①荷重を効率よく伝える合理性
②加工作業の経済性
③現場での施工性
④納まりが美しく見える審美性
⑤メンテナンスの簡易性
といわれている。これは木造に限らず、構造設計において鉄筋コンクリート造や鉄骨造に同じく当てはまる。
その時代の空気が建築を生み出し、その建築を実現させるためにさまざまな技術が発達した。
木だけでなくコンクリートや鉄も、いかに部材どうしを接合して一体化し、頑丈な建物とするかが建築における技術開発の中心テーマとなってきている。これからの木造・木質建築の発展は、古くからある日本の継手と仕口の技術に学び、現代の建築にどう応用して使っていくか、という課題解決が普及のカギになるかもしれない。
Text: 竹中工務店 木造・木質建築推進本部 Photo:藤村雅彦による。
大工さんの技 その2
大工さんの力量によって、日本の木造建築物はとても長く使うことができる。奈良県の法隆寺は世界最古の木造建築物で、 西暦607年に作られたとされているので、1400年以上も昔の木の建造物。このように「長生き」の建物は、建てた当時のままというわけではない。ところどころ壊れたり、雨で腐ってしまったりということもある。 そういった場合にはその時代の大工さんが修理をする。建物の修理は、人間のお医者さんと同じ。壊れているところがあれば、なぜ壊れたのか、本当の原因は何なのかなど、家のすみずみまで調べる。 そういった家の健康診断をして、正しい治療をする。
大工さんの技 その3
「リフォームの様子」
これまでずっと使われてきた木材と新しい木材が一緒に使われている。修理やリフォームをするとき、大工さんは、昔その建物を作った大工さんと建物を通して「対話する」そう。なぜこの柱はこの位置に立っているのか、どうしてこの形に切ってあるのか、といったように、建物の状態を見て昔の職人さんの気持ちを考えるそう。
大工さんの道具 その1
昭和の初めに調べた、大工さんの基本的な道具の数は179種類だったそう。 中でも「大工の七つ道具」と呼ばれるものは、差し金、スミツボ、ちょうな、ノコギリ、ゲンノウ(カナヅチ)、カンナ、ノミ。 この七つ道具に色々と種類があり、使い分ける。さらに、大工さんは自分で道具を作ったりもする。まさに大工さんの数だけ道具の種類がある。
道具の手入れも大工さんが自分でする。特に刃物を研ぐのはとても難しいことで、一生かけて修行するものだと言われている。
時代の流れによって、道具も機械化し、便利になっていっている。しかし基本的な道具がなくなることはない。 場合によって新しい道具と伝統的な道具を使い分けている。
大工さんの道具 その2
●道具の使い分け
「テッポウ」
テッポウと呼ばれる空気圧で釘を打つ道具。まさに鉄砲のように釘を打ち出し一瞬で釘を打つ。
「カナヅチ」
木の端のほうは、テッポウで打つと割れてしまうことがあるので、カナヅチで釘を打つ。
「ネジ・電動ドライバー」
釘を打つ相手が細い場合は、さらに割れやすいのでネジを使う。その時には電動ドライバーを使う。
●道具いろいろ
▲差し金
聖徳太子が作ったといわれている歴史ある道具。色々な目盛がついていて、長さや角度の計算ができる。差し金は大工さんの計算機でもある。
大工さんの道具「道具箱」
▲道具箱
木の道具箱は大工さんが自分で作るもので、道具箱を見て腕の良しあしを見たと言う。
写真の道具箱は、大工さん1年目の人のものとベテランの大工さんのもの。
大工さんの歴史
3世紀ごろから建築の技を持った職人が集まっていたと伝えられている。 そして飛鳥時代の聖徳太子が職人の集まりをまとめ、建築の木にかかわる職人を「右官」、土にかかわる職人を「左官」と言った。 左官屋さんはそのまま名前が残ったが、大工さんの右官は変化した。
奈良時代になると、建築を担当する木工寮という役所が作られた。 その中の職人のランクとして、大工、小工、長上工、番匠工が置かれていた。 つまり、もともと大工は「職人の一番偉い人」というような意味で使われていた。 それが室町時代になると「棟梁」という言葉にとって代わられ、大工は木工の職人という今と同じ意味になった。
●横浜の大工さん
横浜は開港して以来、洋風の建物の建築が盛んになった。 左官や石工など、いろいろな職人が一生懸命西洋の技術を取り入れていった。 もちろん大工さんも洋風の建築技術を学び、ほかの職人たちと協力して、明治・大正のころには教会や学校などの洋風の建物をたくさん建てた。
大工さんになるには?
大工さんの学校として、国土交通省が支援する「大工育成塾」がある。 ここで3年間勉強したり、実際の大工さんの現場で修行したりする。 また、県の職業訓練校にも大工さんになるための勉強をするクラスがある。
お家が大工さんの場合は、父親などから仕事を習い、その後を継いで大工さんになる人が多いそうだが、 そうでない人達は、これらの学校で勉強して大工さんになる人が多い。大工さんとして一人前になるにはだいたい10年くらいかかると言われている。 一人前になってからはどんどん面白くなるそう。 10年間は諦めないような、我慢強く、めげない人が向いているそう。
また、大工さんにはその技術を認定する国家資格として「建築大工技能士」がある。 1級から3級まであり、経験によって受けられる級が決る。大工さんは自分の腕試しの意味も込めて、試験を受けている。一人前になっても、職人さんは毎日修行の連続。
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