「なぜ寿司職人に女性がいないの?」

   Sushiがグローバル化するにつれ、古くからあるこの疑問(何故、日本の鮨職人に女性がいない?)も世界に広まっている。米グルメ情報サイト『ZAGAT』は、アメリカで活躍する数少ない女性職人たちへのインタビューを通じ、その謎に迫っている。一方、ワシントン・ポスト紙(WP)は、日本初・唯一の女性職人ばかりの寿司店『なでしこ寿司』を取材し、時代の変化を報じている。

    料理界の“男尊女卑”は、日本の寿司の世界だけの話ではない。イタリアでは、マンマ(お母さん)やノンナ(おばあちゃん)の家庭料理は高くリスペクトされているが、レストランの厨房は今も昔も男性たちが支配しているという。そうした中、英紙ガーディアンは、インターネットの“シェフ紹介サイト”を通じて、自宅で腕を振るう女性シェフが増えているというイタリアの最新トレンドを紹介している。

◆「月の周期」「体温」という定説を「遅れている」と批判    

    女性職人が少ない理由の説明として、海外メディアで広く定説として受け止められているのは、名店『すきやばし次郎』の小野二郎氏の跡継ぎ、小野禎一氏が米『ビジネス・インサイダー』に語った次の言葉だ。「女性の生理のためです。プロであるということは、安定した味覚を持っているということ。生理の周期のため、女性は味覚が不安定です。それが、女性が寿司職人になれない理由です」

    ミシュランガイドで3つ星を獲得し、ドキュメンタリー映画も作られた世界的なカリスマ店の関係者の言葉だけに、これが一人歩きしてやや大げさに受け止められている面も見受けられる。2011年のインタビューで取り上げられて以来、米メジャー紙のウォール・ストリート・ジャーナルにも転載され、多くの海外ジャーナリストの間に広まったようだ。  

   「女性の方が手のひらの体温が高く、ネタを痛める」という日本で良く知られている俗説もしばしば取りざたされる。『ZAGAT』は、ずばり『なぜ女性の寿司職人がいないのか?』と題した記事で、「生理」「体温」を根拠とする説を合わせて「ridiculous(ばかげた)」というフレーズを用いて紹介。併せて、「世界の料理界と較べて、日本の寿司の世界が、いかに情けないほど、性の平等において遅れているかを示す」と批判している。『なでしこ寿司』を取材したWPの女性記者、アナ・ファイフィールド東京支局長も、小野禎一氏のコメントと体温説をやや批判的に取り上げている。

◆女性ばかりの『なでしこ寿司』はマーケティング戦略か?

    ニューヨークの『Tanoshi Sushi』のオーナ・テンペストさんは、『ZAGAT』の取材に対し、女性が排除されがちな要因に「寿司職人に受け継がれているサムライの精神性」を挙げる。店に入門してすぐ、師匠に「男性と同じように扱う」と言われたことに感謝する彼女は、伝統を守ろうとする寿司界の姿勢に一定の理解を示しつつ、「最終的には、この議論が男性と女性のことではなく、料理と芸術の問題になることを願っています」と語る。

     別のニューヨークの人気店『Sushi Yasuda』の日本人女性職人ナカバ・ミヤザキさんも、日本の寿司店の男性支配の理由は「伝統を守り示すため」だと、同様の見解。彼女もまた、「仕事中は性別は意識しません。プロの寿司職人として必要なのは、知識と完璧な技術を身につける意志、おもてなしの精神、そして周りの人々への気配りです」と、性差が議論の対象になること自体に違和感を持っているようだ。一方、親方について修行するという伝統を破り、近代的な料理学校のスタイルで寿司職人を養成する『東京すしアカデミー』の後藤幸子校長は、少子高齢化などで寿司職人不足が叫ばれるなか、「日本の寿司職人たちは、自分たちの仕事が女性に奪われるのを恐れている。それが、女性を受け入れたくない理由の一つでしょう」と、WPのファイフィールド記者に答えている。

    こうした状況で、職人もホールスタッフも全員女性だという『なでしこ寿司』が、「伝統にチャレンジ」(WP)といった形で海外メディアに注目されるのも頷ける。ただし、ファイフィールド記者は、同店の女性職人たちのチャレンジ精神を肯定的に描きつつ、「全員が女性だというのは一種のマーケティング戦略のように感じられる」とも書く。『なでしこ寿司』はオタクの聖地・秋葉原の駅前にあり、メイドカフェなどと並んで店を構えているからだ。実際、彼女たちはしばしば男性客から「お寿司に魔法をかけて!」などと、メイドカフェまがいのリクエストを受けることがあるという。ファイフィールド記者は、メニューに有料の「スタッフとの記念撮影」があったり、過去には制服にメイド服を採用していたことにも触れ、彼女たちが「女」をパフォーマンスとして用いなければならない苦悩にも触れている。

『ZAGAT』の取材を受けたロサンゼルスの懐石料理店『n/Naka』の女性オーナーシェフ、ニキ・ナカヤマさんは、次のように語る。「なでしこ寿司の歩みが、マーケティング戦略的なものではなく、純粋で“本物”であることを願います。日本社会全体が、働く女性たちにあまり協力的ではありません。寿司を握る女性が少ないのは、人々がその姿を想像し難いからかもしれませんね」

◆イタリアではシェフ紹介サイトの7割が女性

    女性が少ないのは、寿司の世界だけではない。イタリアンの世界でも、男尊女卑の傾向が強いよう。ローマのフードライター、ケイティ・バルラさんは「現実に、圧倒的に男性が多い。厨房のリーダーはイタリア人の男性、スタッフとコックは移民の男性だ」と語る。逆に、家庭料理は女性のものとされ、イタリアンの有名シェフたちも、彼らが料理に情熱を注ぐ原点は、母や祖母が台所に立つ姿だと口を揃える(ガーディアン)。

    そのイタリアで今注目を集めているのが、“食のAirbnb(エアビーアンドビー=世界展開の民泊登録・斡旋サイト)”と表現される、シェフの紹介サイト。最大の特徴は、レストランではなく、シェフ個人と契約すること。地域や希望する料理で検索すると、登録シェフのプロフィールが表示され、個別の交渉で宴会やパーティーを申し込むことができる。会場の多くはシェフの自宅。イタリアにはこうしたサイトがいくつかあり、最大手の『Gnammo.com』では、登録シェフの7割程度が女性だという。

    資格や経験の有無は問わず、誰でも登録でき、多くは、昼間は別の仕事を持つ。「味」や「実力」は口コミによるレーティング(格付け)によって保証しているという。そのため、採算度外視で「家族や友人以外にも自慢の料理を食べて欲しい」という女性たちが集まっているようだ。実際、安価でレベルの高い家庭料理を、温かい雰囲気の中で楽しめるこのサービスは、イタリアで市民権を拡大しているという。

    とはいえ、レストランの厨房では相変わらず男性支配が続いている。トリノで活動し、トップレベルの評価を受けている『Gnammo.com』の登録シェフ、ベネデッタ・オジェーロさんは、ガーディアンに「家庭では女性が料理のマスターなのに、なぜレストランではそうでないのか」と問われ、こう答えている。「女性が力不足ということではありません。とはいえ、私たちが後塵を拝する理由が何かあるのかもしれませんね。それが何かは私にはまだ分かりませんが…」

「月の周期」「体温」といった“根拠なき理由”が「伝統」と結びつくのは、世界共通の傾向なのかもしれない。

以上の記事は(Text by )内村 浩介氏による。 この記事はゆくりなくも目にしたもので、現地の取材も十分あるので説得力もあった。私自身の疑問にも十分に応えてくれているのでここに転写しておく。

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